研究室の紹介
本研究室は、附属植物園の管理棟内に在る化学物質による環境汚染と生物への影響を研究している研究室です。2018年4月に発足した研究室です。また教員の本田は環日本海域環境研究センター陸域環境領域に所属しています。どうぞよろしくお願いいたします。
ネオニコチノイド系農薬の人間社会への汚染
今日の農業において,害虫や病気を防ぐための農薬は必須の存在です。そのために,世界中で非常に数多くの種類の農薬が日々大量に使用されています。そのような農薬の一種であるネオニコチノイド系農薬は,1990年代頃から使用され始めた比較的新しい農薬のグループです。この農薬は昆虫に対して非常に選択的な神経毒性を持ち,哺乳類などの他の生物への影響が低いとして世界的に大量に使用されています。
しかし近年の研究で河川水や土壌などの環境中に広範囲な汚染が拡がっていることが報告されており,益虫であるミツバチの生息数の減少や生態系内の広範な生物への悪影響が懸念されています。またこの農薬は農産物やその加工品からも残留物が検出され,人間社会にも汚染が拡がっていると考えられています。実際に,ヒトから高濃度のネオニコチノイド系農薬の検出が少数ですが報告されています。また疫学研究などでヒトの健康への影響,特に乳幼児期の初期神経系への発達毒性が報告されており,その将来的な影響が懸念されています。
このヒトの健康への影響を評価するには,実際にどのような経路から,どの程度暴露・蓄積されているかを解析することは重要な課題ですが,ヒトでのバイオモニタリングの先行研究が少なく,そのデータベースなどの基礎知見が乏しいのが現状です。特にネオニコチノイド系農薬の一大消費地域であるアジア圏では,欧米圏に比較して,ヒトでの研究は殆ど行われていません。
そこでは「汎用されるネオニコチノイド系農薬はどの程度人間社会を汚染しており,また健康への潜在的リスクはあるか?」をテーマに研究を行っています。ネオニコチノイド系農薬および代謝物のヒトの尿を用いたバイオモニタリングを行い,同時に酸化ストレスマーカーなどの健康の指標となる物質も測定することで健康への影響を評価することを目標としています。特に,農薬汚染が拡がっていると考えられる日本海沿岸地域を主とした研究を行い,またアジア圏で不足しているネオニコチノイド系農薬汚染の基礎知見作りに貢献したいと考えています。
多環芳香族炭化水素類の沿岸域の汚染
多環芳香族炭化水素類(PAH類)は化石燃料・木材の燃焼や油脂類の流出により、大気・水環境中に普遍的な汚染が拡がっています。PAH類は発がん性・変異原性を有するだけでなく、内分泌かく乱作用や活性酸素種の産生作用を示すものもあり、近年魚類などの海洋動物の奇形を誘発することも明らかになっています。PAH類は河川と大気を通じて海に運ばれますが、その後の挙動については不明な点が多く、プラスチックごみによる吸着や潮上帯への拡散も懸念されています。またこういった環境汚染物質により、潮間帯を含む沿岸域は広く汚染されています。
現在までにPAH類を含む環境汚染物質の沿岸域でのバイオモニタリング研究として、二枚貝類(イガイ類・カキ類)を用いた広範な環境調査が世界中で行われています。これらの環境調査は二枚貝の生息域である潮下帯以下を主に評価していると考えられています。しかし実環境中では沿岸域の環境汚染は潮下帯に限らず、潮上帯を含む垂直的にも水平的にも幅広い範囲に及んでいると考えられ、近年の拡大したPAH類などの環境汚染に対して、より広範な環境調査が必要であるとも考えられます。
フナムシLigia sp.は潮間帯の特に潮上帯に生息し、世界中の温暖な地域に普遍的に分布しています。また通常はバイオフィルムや漂着した海藻類を摂食する腐食食性を持ち、一定の狭い地域内に定住する生活環を持ちます。このことからフナムシは渚域の環境モニタリング調査に関して、二枚貝類を用いた潮下帯以下の環境調査で不足する潮上帯以上の環境調査を補えるものと考えられました。
本研究室では、潮間帯の垂直的・水平的に広い範囲でのPAH類の環境および生物への汚染を解明するため、二枚貝類やフナムシなどの生息動物を環境指標種として活用した渚域の環境バイオモニタリング研究を進めています。また研究対象地域として、太平洋沿岸地域と比較して水交換が小さく、また周辺地域の都市圏からのプラスチックの流出が特に多いと考えられる日本海沿岸地域を対象としています。